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品質問題、その後

こちらでのご報告が遅くなってしまったのですが
以前ポストした製品の品質問題(「2/13 ファーストサンプル」参照)は
その後、現地パートナーや職人さんたちと何度も話し合い、
トライアンドエラーを繰り返して、
問題点は全て解消されました!

たとえば、しわ。

エチオピアンシープスキンは、他のレザーとくらべて非常に薄く、
だからこそしなやかで柔らかい、独特の風合いが楽しめるのですが
その分、縫製時にしわや傷ができやすいという欠点があります。

エチオピアンシープスキンは世界でも最高峰と謳われるほど素晴らしい素材ですが
にも関わらず日本にほとんど入ってきていません。
その理由の一つとして、素材の繊細さゆえ、非常に高い縫製技術が必要とされ、
量産ができないということもあげられています。

本来であれば芯材などを利用して問題を解消したいところですが
副資材の種類が少ないエチオピア。
代わりにありとあらゆるもので試した結果、
実は"ある身近な文具"で、しわをなくすことに成功しました!

その他にも、パーツをひとつひとつ工房で、
andu ametのバッグに合うように再加工したり
糸に一工夫をしたり…

手間ひまをかけ、丁寧に作り直したものを
再度日本へ送り試用した結果、
問題がなかったため、
全ての製品を改めて生産し直し、販売できることになりました。

4月22日よりローンチするフェイスブックページ内のウェブショップを皮切りに
都内セレクトショップ・専門店などでもお取り扱いいただく予定です。

詳細は、andu amet facebook pageにて追ってご報告いたします。
どうぞよろしくお願いいたします。
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職人さん募集中

製作スタッフを増員するため、
今、毎日新しい人と会ったり、サンプルを作ってもらったりしています。
これが、実はなかなか大変な仕事。

この国では、数時間単位の遅刻や無断欠席、納期遅延、
できないことをできるといったり、作業が雑だったり
といったことがデフォルトなのです。
(とくに職人さんや労働者階級の人)

もちろん、中にはきちんとしている人もいます。

日本の皆さんからすると、
初めからきちんとしている人だけ採ればいい、
と思われるかもしれません。
私も心底そうしたいと思っています。
でも、そこにこだわっていると
腕のよい職人さんはまず見つけられないという現実があります。

そんなわけでandu ametでは
時間どおりに工房へ来て、
指示どおりの製品を納期どおりに納めるのが
当然に感じるてもらえるようになるまで
時にきちんと注意し、時になだめすかしながら、
忍耐強く一緒に仕事をし続けています。

前回来たときに採用した、もとストリートチルドレンのTが
今回すごく成長していて驚きました。
ほぼ時間どおりに来るようになっているし
今までは、指示どおりに出来ていないもののやりなおしを命じると
それはもう一日中文句を言っていたのに、
今回ダメな点を指摘すると、きちんと耳を傾け
理解してくれるようになっていたのです。

数ヶ月にしてはずいぶん顕著な成長なので、
どうしてかな?と思っていたのですが
どうやら彼は、スタッフの一人に恋をして
心を入れ替えようとしているみたいです。

andu ametの成功と彼の恋の成就が
目下の私の願いです。

ある日のはなし

今日は私がエチオピアでどんな生活をしているか、ご紹介してみます。

***

今、私は現地パートナー、ヒルットの家に滞在しています。
彼女の家は、アディス市内のコンドミニアムの5階にあります。

ちなみにエチオピアの朝は1時からはじまります。
えっ1時?と思うかもしれませんが、
実は独自の暦や時間を持つエチオピアでは私たちが言うところの7時を1時と呼び、8時を2時と呼ぶのです。

さて、1時に起きた私が最初にすること。
それは湯浴みのため、ため水をバケツに移し、ボイラーで暖める作業です。
この家ではお湯はもちろん、水も出ません
はじめは現地パートナーと同じように毎日ため水を浴びていたのですが
朝晩は10度を切るほど寒い寒い、雨期まっただ中のエチオピア、
いきなり風邪をひいてしまったので、
ガーナで使っていたこのボイラーのことを思い出して、マーケットで買ってきました。
毎朝、このボイラーであたためたお湯を大切に大切に浴びながら、
水もお湯もふんだんに出る日本のお風呂が
なんと贅沢で、稀少で、特別なものかと思ったりしています。

ボイラー

お湯ができるまでの間に、二人で交代で朝食を作り、一緒に食べます。
エチオピアではマンゴもスイカもパイナップルも安くておいしいので、
フルーツ好きの私にはたまりません。
ヒルットは、日本人みたいな体型になりたいらしくて
(私からすると、エチオピア人の方がナイスバディなんだけど)
いつも私の食べる順番や食べ方をそっくりまねするのがおもしろくて、
私もわざといたずらしたりして、毎朝笑いがたえない食事時間です。

breakfast2.jpg

今日はまず工房へ行く前に、ジュエリーショップへ立寄り
副資材として使うアンティークのビーズや十字架をたくさん買い付けました。
品質が一定でないので、ひとつひとつ入念にチェック。
定価のないエチオピアでは、交渉もなかなか大変。

antiqueshop.jpg

工房では契約スタッフのテショーメが待っていました。
彼はかつて輸出用のバッグを作っていたことがあり、
エチオピアでは数少ない、海外市場が求める品質レベルを理解している職人さん
andu ametではいつか日本の腕利き職人さんをエチオピアへ招聘し技術移転をしたいと考えているのですが、
その前段階として、現地の言葉ややり方を熟知している彼に人にトレーナーとして入ってもらったのです。
テショーメは耳が不自由なのですが、豊かなボディランゲージで、
試作の問題点や改善方法をスタッフに伝えます。

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ランチはスタッフたちと一緒に工房でいただきます。
今日のメニューはお豆のカレーとインジェラ。
こちらではグルシャといって、写真のように、仲間同士でごはんをあーんと食べさせてあげる習慣があります。
日本ではそんなこと、母子かパカップルしかやらないので、
こちらで職場のおじさん同士が仲良くやりあってるのをはじめて見たときは本当にびっくりしたものです。
外人の私がやると、いつも大爆笑になります。

グルシャ

食後はスタッフが煎れてくれたコーヒーを飲みながら作業。
どんなに忙しくても、これだけは彼らにはかかせないようです。
お香をたいて、きちんと煮だして丁寧に淹れたエチオピア式のコーヒーを飲むと、
午前中の疲れを忘れ、午後もがんばろうという気持ちになるから不思議です。
このへんはむしろ日本の職場の方が参考にするべきところなのかもしれません。

おいしいコーヒーをいただいたあと、
午後は一人で、取引先のタナリー(革なめし業者)へ打ち合わせに出かけました。

エチオピアにはいくつかタナリーがあるのですが、そのほとんどがきちんとした下水処理システムを持っておらず
クロムなどの有害物質をそのまま河川へ垂れ流しているという問題があります。
andu ametではきちんとした処理システムを持った、環境問題への意識が高いタナリーとのみ取引をしています。

tennery.jpg

ただ、この日はかなりショッキングな報告が…。
「ヒロコさん、実はオーダーしてもらっていた革の納品は早くて27日になってしまいました」
「はい?私の帰国は26日だからそのまえには納品ってお願いしていたはずですが」
「ご、ごめん。あなたの望む革を作るには、今のラインを一度止めてまったく別のものを作らなくちゃいけなくて、乾燥の過程もあるし…もにょもにょ(中略)で、最善を尽くしたけど27が限界で…!」
「27日なんて困ります、なんとしてでもその前に納品してもらわないと!!」
何度も押し問答をしたけれど、結局今回出張中に革を購入することは難しいとのこと
交渉の結果、サンプルが出来次第、送料負担で日本までDHLで郵送してもらうことになりました…。
日本とは価値感の異なるエチオピアではこういうことはしょっちゅうで、
その中で冷静さを失わずどう臨機応変に対応できるかが重要なのですが、
まだまだ修行の足りない私です。

気を取り直し、今度はパーツや工房の備品の調達のために今度はマルカート(エチオピアで一番大きな市場)へ。
領収書書いてください、とお願いしたら、日付欄に
2003年10月30日と書かれて焦った!
前述の通り、独特の暦を持つエチオピアでは、今日は2003年10月30日なのです。
これだと日本では問題になるから、と慌てて下に書き直してもらいました。

invoice.jpg
この現地語だらけの上に、微妙なサイン、謎の日付が入ったこの領収書、日本で本当に使えるんでしょーか。


買い物を続けていると、日本から国際電話。
現在進めている、とあるグラントの最終審査のため、
日本チームと連携しながら書類を作成していて
担当のプロボノさんが、このところ毎日国際電話をかけてきてくれます。
慌てて比較的静かなところへ移動し15分ほど打ち合わせをしたあと、
残りの買い物を急いですませてネットカフェへ。
電話で連絡のあった資料を確認、アップデートして、
日本のスタッフと共有しているdoropboxのファイルへ格納しました。

今回の出張はちょうど、韓国大統領のエチオピア訪問と時期が重なり
ネットが統制されていたらしく、なかなか接続できず、本当に苦労しました。
(ちなみにこの時点ではまだ気づいていないのですが、自分のPCのデスクトップ上では共有フォルダに格納されていたかに見えたファイルが、接続状況の関係で実はまったく共有されていなかったという恐ろしすぎる事実に、資料提出の締め切りの数時間前に気づくことになります…)

すっかり夜遅くなってしまい、急いで工房へ戻ると
スタッフはもう帰宅し、ヒルットがひとりで型紙を作成しています。
警備員さんが見回りに来て、建物を追い出される9~10時くらいまで
ふたりでもくもくと仕事を続けます。
多分、こんなに夜遅くまで自主的に、熱心に働くエチオピア人はほとんどいないんじゃないかと思います。
彼女は本当に働きものなのです。

帰宅後は、朝と同様二人で夕食を作り、一緒に食べます。

dinner.jpg
写真でヒルットが手にしているのはプロボノTさんよりいただいたコペルニクさんのソーランタン
日のあたる窓辺に置いておくだけで最長8時間も使えるし、蝋燭より安全なので、
停電の多いエチオピアでは大活躍でした!


朝と違うのは、ゆっくり話ができること。
今日あっためちゃちゃ笑える出来事、新たに雇用するスタッフとの契約について、頭の痛いお金のあれこれ、家族や恋人の話、このプロジェクトを通じて実現したいお互いの夢…。
仕事とプライベートの境目をいったりきたりしながら、夜が更けるまでおしゃべりをします。

水がなかったり、ガスがなかったり、彼女の家に滞在して大変なこともあるけれど
(って居候させてもらいながらこんなこと言うのもあれですが…^^;)
こういう時間が持てるのは本当にありがたいし大切だな、と思います。

***

打ち合わせをする相手が輸送会社の人だったり、アーティストだったり、役所の人だったり、
出かける場所が銀行だったり、市場だったり、職業訓練校だったりはするものの、
毎日だいたいこんな風に仕事をしています。

JOCVとしてかつて2年以上この地に住み、
その後も何度も行ったり来たりしているけれど
未だに相変わらず驚かされることや笑えること、
新しい発見が毎日のようにあります。

日本ではありがたいことに少しずつお手伝いしてくださる方が増えてきましたが、
現地ではまだ一人なので、毎日本当に本当に大わらわです。
でも、日一日と重ねるうちに、少しずつ体制が整ってきて
試作をひとつ作るたびに、少しずついいものができてきて、
大変だけど、毎日が楽しい。
まだしばらくこんな日々か続くと思いますが、
もうちょっとがんばろうと思っています。



GO JAPAN LEATHER BANGLE ーエチオピアからの祈りー

この1週間ほど、エチオピアの現地パートナーおよびスタッフ一同は
私のプロジェクトもそっちのけで(!?)
ずっと何かを作っています。

アルメツァハイが革を裁断して
alme.jpg

モシュがパンチで穴をあけて
mosh.jpg

ココがビーズを縫いつけて
coco.jpg

アデンニャが編みこみをして
adegnya.jpg

ヒルットがロゴ縫い付けをしながら最終チェックをして
hirut2.jpg

やっと完成するのがこちらのバングル
products.jpg

実はこれ、日本エチオピア協会と現地で活動するNGO(アフリカ理解プロジェクト)が
現地パートナーに依頼して製作した、東日本大震災復興支援チャリティバングル。
エチオピアでは大使館やホテル、学校、バザーや各種公共機関に、
日本ではエチオピア協会などで販売され、その収益はすべて日本赤十字社へ義援金として寄付されています。

andu ametも製作上のアドバイスなど一部お手伝いはさせていただいたものの、
詳細は把握していなかったのですが、
現地でパートナーに取引単価を聞いて驚きました。
これだけの時間と手間をかけていながら、ほぼ材料代だけで納品していたのです。
彼女が自分のお店で売っているもっとずっとシンプルなバングルでさえ、
倍以上の値段です。

「どうしてこんな値段でこんなにたくさんひきうけたの?
 ただでさえ革の値段が上がって、人も足りなくて、困ってるのに」
「私はヒロコやメグミ(もとJOCV皮革隊員、andu amet契約デザイナー)やフー(同左)
やその他いろんな日本人に助けてもらってここまできたと思ってる。
震災のことを聞いたとき、本当に胸がつぶれそうだった。
だから日本のためにできることをしたいと思って、この単価でやりたいって自分から言ったの。
たくさんのドネイションはできないけど、革製品を作ることならできるから…」

私はしばらく言葉がみつかりませんでした。

エチオピアの現地パートナーたちが日本の復興を願いながら
全員で協力しあい、ひとつひとつ手作業で作っているバングルは
日本でも日本エチオピア協会のサイト
エチオピアレストラン「サファリ」などで購入が可能です。
尚、国内で販売された分については、すべてその売り上げと同額が
日本エチオピア協会よりマッチングファンドとして上乗せされるとのことです。

Tの話

名前はT。
ひげを生やしてはいるけれど、笑うとまだ幼さの残るその横顔から量るに
年の頃は二十歳かちょっとすぎたくらいか。
でも正確には誰もわからない。
彼はほんの数年前まで、いわゆるストリートチルドレンだった。

幼い頃に傷害事件を起こし、そのまま逃げるように故郷を去って以来
色々な町を点々としながら生きてきた。
物乞いをしたり、時には悪事を働くこともあった。
生きて行くためにはなんでもした。

首都アディスアベバにたどり着いたとき、
とあるNGOの支援で、指定のレザー学校に通えばその間生活費をもらえると聞きつけ、飛びついた。
今から7-8年前のことだ。
はじめは金欲しさだったが、通う内にもの作りのおもしろさに魅せられるようになり
一年後には、生徒の中でもトップクラスの腕前になっていた。

卒業後、彼は町で仕事を探した。
しかし、大卒でも就職難のエチオピア。
彼らのようなバックグラウンドの人間を雇用してくれる企業はなかった。
多くの元クラスメートが次々とストリートへ戻り、
犯罪に手を染めたり物乞いをしたりするようになった。

彼がとある革メーカーの工房に採用されたのは、卒業して随分だってからのことだった。
はじめの内は、一般的な初任給の10分の1くらいの給与だったが、熱心に働いた。
人として認められる喜びを初めて知った。
腕が上がるに連れ給与も少しずつ上がっていき、
やっと人並みか、それよりほんの少し下くらいの生活ができるようになった6年目の冬、
その会社が倒産した。

他に自分を雇ってくれるところがあると思えなかった。
自分のミシンを買って、小さな店をはじめるほどの貯金も持っていなかった。
家賃も滞納しはじめた。
またストリートでの生活に戻るしかない、と思いはじめた矢先
ある外国人が腕のいい職人を探していると聞き、ダメもとで会いにいった。

・・・

上記の話は、Tから直接聞いたのではなく、Tをよく知るある人から少しずつ聞いた話をまとめたものだ。

はじめてTに会ったときのことを、私はよく覚えている。
無口でぶっきらぼうな上、
私がわからないと思ったのか現地語で暴言をはいていた。
内心なんてやつだと思っていたのだが、
いざ目の前で作らせてみたとたん、その仕事の丁寧なことに驚かされた。
線はまっすぐ。接合部分はぴったり。
一見当たり前に思われるかもしれないが、エチオピアでそれができる人はそれほど多くない。
私は彼に、ぜひ自分たちの力になって欲しいと頼んだ。
無愛想な彼が初めて、ちょっとだけ嬉しそうに笑ってくれた。

彼は今、毎日andu ametの試作を作っている。
相変わらず暴言をはいたり、舌打ちしたり、時にはお金の無心をしてきたり、
お世辞にも品行方正とはいえないが、
作るものは他のスタッフと比べても完成度が高い。
必要があれば日曜日も厭わず仕事をしてくれる。
ある時、こちらの素材調達などが間に合わず、仕事をあげられない日があったのだが、彼の愚痴と舌打ちは一日中続いた。
彼は仕事がしたいのだ。
仕事のないつらさをずっと味わってきたのだ。
彼を二度とストリートに戻してはいけない。
改めて自分の責任の重さを感じた。

ちなみに、件のレザー学校のクラスメートで、今も職人として自立している人は
彼を含めて3人しかいないそうだ。
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Author:hiroko
株式会社andu amet代表

ETIC.ソーシャルベンチャースタートアップマーケット第1期メンバー
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