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「昭島チャリティイベント」レポート

こんにちは。andu ametのプロボノメンバーの吉水です。

東日本大震災のちょうど1年後にあたる、2012年3月11日、
いつもandu ametを応援してくださっている
エコランド(株式会社ウィンローダー)様主催の
被災地支援イベントが昭島で行われ、
andu ametも参加させていただきました。
今日はそのレポートをお届けいたします!

当日は、ライブやチャリティフリマ、飲食の販売やトークショーなど
さまざまなプログラムが用意されていました。
エコランド様はリサイクルショップですので、
andu ametでも「レザーのはぎれを利用したブックマーク製作」という、
資源を有効活用したワークショップをすることに。

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ワークショップは、リサイクル品とはとても思えない素敵な家具や食器が並ぶ
エコランド様の店内で開催しました。

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作り方はとっても簡単!

1.最初に好きな色の革のはぎれとひもを選びます。

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2.ひもを適当な長さに切り、先端にビーズを通します。
(用意されたビーズは、色がキレイで形の変わったものばかり。
 かつてアクセサリーデザイナーだった鮫島のセンスが生きてます!!)

3.革を長細い二等辺三角形に切ります。
この大きさにより出来上がるサイズや厚みが変わってきます。

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4.三角形の先端付近に切り込みを二箇所入れたら
 ボンドを塗り、
 2のひもにくるくると巻きつけていきます。
 先端部分を切り込みに入れ込んで、
 ボンドでしっかり接着。

pict-26.jpg

6.片方が終ったら、反対側にも同じように三角形を巻きつけていきます。
これで完成♪
選ぶ革の色やビーズでまったく異なる雰囲気になります。

pict-24.jpg

pict-25.jpg

pict-27.jpg

使った革ははぎれですが、その滑らかさや柔らかさに
皆さん感動されていたご様子。

今回ワークショップに参加していただいたのは、
小さなお子様のいらっしゃるご夫婦や小学生、ご年配の方など様々でしたが、
皆様ワークショップを楽しんでくださり、
とてもうれしそうにブックマークをお持ち帰りされていたので
一緒に参加した私もとても暖かい気持ちになれました!

pict-22.jpg

また今回は、現地工房の革職人さんが
日本のことを考えながらひとつひとつ手作りした
チャリティバングルの販売もさせていただきました。

products.jpg

このチャリティバングルは、企画元である日本エチオピア協会様を通じて”全額”が義援金として寄付されます。
(詳細はこちら

15:30~からは、代表鮫島によるトークショーも実施いたしました。
タイトルは「HAPPYを身にまとうーエシカル ファッションという選択」です。
日本の復興を支える、これからのものづくりのあり方や
andu ametの取り組みなどの話があり、
まだ寒い、風の強い中、たくさんの方々に耳を傾けていただきました。

トークショーを聞いて、andu ametにご興味をもち
ワークショップにも足を運んで下さった方から
今後も応援しますとのお声もいただけてとても励みになりました!

復興支援活動に本気で取り組んでいらっしゃるエコランド様と一緒に、
去年のこと、これからのことを考える機会をいただけたことも感謝しています。
andu ametとしてできることを、代表鮫島や他のメンバーと一緒に
これからも少しずつ考えていきたいと改めて思いました。

(吉水)





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GO JAPAN LEATHER BANGLE ーエチオピアからの祈りー

この1週間ほど、エチオピアの現地パートナーおよびスタッフ一同は
私のプロジェクトもそっちのけで(!?)
ずっと何かを作っています。

アルメツァハイが革を裁断して
alme.jpg

モシュがパンチで穴をあけて
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ココがビーズを縫いつけて
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アデンニャが編みこみをして
adegnya.jpg

ヒルットがロゴ縫い付けをしながら最終チェックをして
hirut2.jpg

やっと完成するのがこちらのバングル
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実はこれ、日本エチオピア協会と現地で活動するNGO(アフリカ理解プロジェクト)が
現地パートナーに依頼して製作した、東日本大震災復興支援チャリティバングル。
エチオピアでは大使館やホテル、学校、バザーや各種公共機関に、
日本ではエチオピア協会などで販売され、その収益はすべて日本赤十字社へ義援金として寄付されています。

andu ametも製作上のアドバイスなど一部お手伝いはさせていただいたものの、
詳細は把握していなかったのですが、
現地でパートナーに取引単価を聞いて驚きました。
これだけの時間と手間をかけていながら、ほぼ材料代だけで納品していたのです。
彼女が自分のお店で売っているもっとずっとシンプルなバングルでさえ、
倍以上の値段です。

「どうしてこんな値段でこんなにたくさんひきうけたの?
 ただでさえ革の値段が上がって、人も足りなくて、困ってるのに」
「私はヒロコやメグミ(もとJOCV皮革隊員、andu amet契約デザイナー)やフー(同左)
やその他いろんな日本人に助けてもらってここまできたと思ってる。
震災のことを聞いたとき、本当に胸がつぶれそうだった。
だから日本のためにできることをしたいと思って、この単価でやりたいって自分から言ったの。
たくさんのドネイションはできないけど、革製品を作ることならできるから…」

私はしばらく言葉がみつかりませんでした。

エチオピアの現地パートナーたちが日本の復興を願いながら
全員で協力しあい、ひとつひとつ手作業で作っているバングルは
日本でも日本エチオピア協会のサイト
エチオピアレストラン「サファリ」などで購入が可能です。
尚、国内で販売された分については、すべてその売り上げと同額が
日本エチオピア協会よりマッチングファンドとして上乗せされるとのことです。

えりまきと魔法

レザーデザイナーのFさんより、
被災地へ送る毛皮のえりまきを製作するとお聞きし
先日、その現場に少しだけ参加させていただいた。

東京は少しずつ春めいてきたが
東北ではまだまだ厳寒がつづいており
しかもこのえりまきを送る、石巻からさらに奥にはいったところにあるお寺は
インフラが断絶し、支援物資もほとんど入ってきていないとのこと。

着いてみると、Fさんの心意気に賛同した方々が
他にもたくさん来て作業されていた。
20110402_neckfurproj_by_primitivemodern_01_610.jpg

私も微力ながらお手伝い。
レザーに毛皮を縫い付ける。
実をいうと自分自身は普段製作をしないので、まったくもって上手ではない。
邪魔をしてくるふさふさたちをかき分けながらちくちくちく…
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Fさんのご友人であり韓国料理の先生をされていらっしゃるMさんが
やはりご好意でまかない料理を作ってくださっていたのだが、
それがとても美味しくて、
つまんでは作業に戻り、作業をしながらまたつまみ…
気がつけば深夜に。
まかない

出来上がったえりまきはたよりないほど軽くて
でも首にまくとふわふわやさしく、とてもあたたかかった。
完成

毛皮なんて、支援物資としては不適切という人もいるかもしれない。
今はもっと別のものをより多くの人に届けるべきだという意見もあるかもしれない。
私もそれを否定はしない。
でも、この美しいえりまきには暖かさ以上の力があると思う。

私はずっとコスメやジュエリーをふくめ、ファッションに携わる仕事をしてきた。
そしてそれらを身にまとった方が前向きになったり、
笑顔になったりする場面をたくさん目にしてきた。
ファッションには理屈では説明できない、魔法みたいな力があると知っている。
このえりまきにも秘められているその魔法の力が被災地の方々に届きますように…
作業をしながらそんなことを考えた。

最後に、すてきな機会を作ってくださったFさんに心からお礼を。
Fさんのブランド、PRIMITIVE MODERNのサイトはこちらからどうぞ。

ソーシャルネットワーク時代、シャークアイランド新聞時代

この震災がおきて数日もたたない内に
エチオピア、ガーナ、アメリカ、ネパール…様々な国に住む友人から
安否を気遣うメールやメッセージがきた。
また、フェイスブックやツイッターなどを通じて、
海外で行われているチャリティイベントなどのアクションを、
遠いどこかからきたニュースではなく親しい人の体験として知ることができた。
世界がつながっているのだと、心暖まると同時に、
こんなこと、自分が子供のときには考えられなかったなあと改めて思う。

私の物心ついた頃から中学生になってイランで一緒にはじめるまでの10年近く
父とは、日本と海外ずっと離れて住んでいた。
あの頃はまだネットが普及していなくて
母や妹と一緒に、よく手紙を書いたものだ。

時には手紙に添えて、模造紙で作った手製新聞を送ることもあった。
その名も「シャークアイランド 新聞」。
今にしてみればまあどうかと思うネーミングセンスだが(笑)、
見出しも、家族の近況をまとめた記事も、落ちのない4コマ漫画も
本物の新聞のレイアウトをまねして一生懸命作っていたのを覚えている。
ポータブルカセットレコーダーを買ってもらって、意気揚々と”突撃取材”もしたりした。
といってもお相手はいつも母や祖父母、話題も日常の瑣末ばかり、
実際は突撃どころかさぞかし微笑ましい光景だったことだろう。

父は筆まめではなかったから、返信はさほど頻繁ではなかったが
たまに送られてくる絵はがきからは見知らぬ世界の匂いがして
いつもドキドキしていた。
私の旅好きの原点はその辺にあるかもしれないと、振り返って思う。

そんなわけで、インターネットがなかった時代もそれなりに
楽しかったような気もするが
当時、父の赴任先は北アフリカや中近東など情勢不安な国ばかりだったので
母の方は内心気をもんでいたことだろう。
今は遠く離れている人とも、文字通り瞬時につながることができるのだから
やはり便利である。

この大震災と津波で命を落とされた方々の魂が安らかな眠りにつけますように。
被災地で今も厳しい生活を余儀なくされている方々が
一日も早く暖房や暖かい食事のある生活を取り戻せますように。

・・・

3月11日の地震発生から現在まで
これまで以上に深く自分の中の階段を降りて、
本当に自分がやりたいこと、やらなくてはいけないこと、
本当に大切なものなどについて思いをめぐらせていた。

きっと多くの方が同じように深く思いをめぐらせていたのだろう。
この東日本大震災は、ニュースを目にするたびに心臓をおろし金でガリガリ削られるような気分になるほどの大惨禍となった(しかも今も続いている…)が、
一方で、日本が新しい価値観を持った新しい世界へと生まれ変わるための
芽もまたたくさん生まれているのだと、
ネットやラジオや友人たちとの会話の中から実感している。

その芽を育てるのは並大抵ではないだろうけれど、
それを途中で放り投げることなく大切に育てていくことが、
自分たちの世代の使命なのかもしれない。

両親や、その世代の多くの方々が
戦争で壊滅的になった日本を復興してくれたように、

今度は物質的な豊かさだけではなく、
心の豊かさや幸せを感じられる世界目指して。

だから絶望なんてしていられない。
誰かのせいにしたり、何かに依存したり、
自粛して、一人で被災地のことを考えて落ち込だりもしていられない。
それより働いたり、友人と楽しくおしゃべりをしたり、
今を精一杯生きよう。
この惨禍で命を落とされた方々の分まで。

普段の自分ならわざわざ表には出さないような言葉だけれど、
復興が一段落する5年後や10年後もこの気持ちを忘れることがないように
あえて、今の気持ちをここに残す。

・・・

0311キリマンジャロ4
2002年に訪れた、キリマンジャロでの一枚。
前年の大規模な山火事のあと、しばらく何も生えないだろうと地元では思われていたそうだが(ガイドさんの話)、私が訪れたときには、煙で焦げてカラカラになった植物のそのすぐ足下で新緑が芽吹いていた。
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Author:hiroko
株式会社andu amet代表

ETIC.ソーシャルベンチャースタートアップマーケット第1期メンバー
http://startups.etic.or.jp/archives/231/

イノベーショングラント第5期フェロー
http://www.i-grant.jp/

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